悲しみの水面
「この畜生女め!よくも俺をだましたな!」
夫であるはずの男の、余りに酷い言葉に、若い母親は立ちすくんだ。
しかし、直後、目の前が真っ暗になるほどの怒りが漲る。その怒りに飲まれ、彼女は我を失った。
もしも、もうあとほんの少し、彼女が冷静だったら。
夫の、その背後に詰め掛けた隣人たちの、鉈や、鍬や、草刈鎌を握った手が、恐怖のあまり細かく震え、首筋や背中は冷や汗でぐっしょり濡れていることに気づいただろうに。
◇
少年は信じられない気持ちで、遠ざかってゆく水面を見ていた。
口から、鼻から漏れてゆく気泡が、水面めがけて上ってゆくのを。
(俺は何もしていないのに)
なぜこんな仕打ちを受けねばならないのか。疑問ばかりで憎しみはなかなか生まれない。
そして、彼の心に憎しみが生まれる前に…彼は意識を失った。
◆ ◆ ◆
いわれなき恐怖が、狼たちを苛む。その日に終りは来るのか…?
キャラクター紹介 | |
ジェノ・シール | アルカナ:アダマス=フルキフェル=エルス 竜のゲルネ、恋人リューネとともに旅をする19歳の獣人の青年。基本的に困っている人を助けずにはおれないお人よし。 リーミンバレーという町でオークに旧友を殺されていた事を知り、北狄の討伐を目指して北上する事を決意した。 北壁をこえた最果ての地で偶然知り合った女性、ジェーンに、どことなく懐かしいような不思議な安らぎを感じるが… ◎断罪 ロレッタ・シルヴィアーノ/幼き日、知り合い、友達になった少女は何も知らずにその父親に「あの子、狼なんだって」と告げ、そのために彼はひどい目にあった。 |
ロレッタ・シルヴィアーノ | アルカナ:コロナ=アングルス=マーテル 遠い南の国、古きバルヴィエステ出身の少女。 童話に残るグータの聖衣を受け継ぐ名家の娘だが、好奇心に負けて魔神イルルニィの誘惑に乗り、三つの聖衣の一つ、『マンテレッタ』を失ってしまった。その償いのため、聖衣を取り戻し、魔神を倒すために旅を続ける。 本来、残るもう一つの聖衣『アルパ』を求めて南へ向かっていたはずだが、なぜか北の地にたどり着いてしまった。 ◎告発 ジェノ・シール/ジェノの説明を参照。 |
ジェーン | 北の辺境の村トリスウッドに住む40歳ほどの女性。家族はないらしく独り住まいだが、森に畑に、男勝りに活躍し、村人たちの信頼を得ている。森の中で道に迷っていたジェノたちを拾い、世話することに。 |
コーウェン司祭 | トリスウッド村の教会の司祭。村人たちに頼りにされている人格者。ロレッタの親とは古くからの知り合いらしい。 |
リューネ | 元々はザルム族の王女だったが、色々あってジェノと一緒に旅をすることになったちょっとやきもち焼きの少女。 |
カタリナ | トリスウッド村の教会で、家事などをこなしている赤い髪の若い女性。たずねてきたロレッタと親しくなるが… |