◆王女と放浪者と竪琴弾き◆
「これで、このお話はお終いだ」 姫君は黙って話し手を見つめた。その両目に涙をいっぱいにためて。 「ん?どうした、不満かいヒルダちゃん」 「それでは、結局はその方はまた盲いてしまわれたということなのですか」 「そりゃまあそうだが…」 「いいえ、分かっています。その方が目の光を失っても、もっと大切な心の光を得たのだって。でも…」 ついに姫の目からぽろりと涙が一滴零れ落ちた。一滴落ちるともう歯止めはきかず、堰を切ったように涙が溢れる。侍女が慌ててシルクのハンカチでその雫をぬぐい、バーディングを責めるような眼差しで睨みつけた。 「ヒルダちゃんは優しいな」 バーディングは彼のために倉庫の奥から発掘された頑丈な椅子に体を預けて空を見上げた。そのまましばらく少女の涙が尽きるのを黙って待つ。沸かしたばかりのお湯がすっかり冷めて湯気を立てなくなったころ、ヒルデガルド王女は気恥ずかしそうに小さな声で「ごめんなさい」と言った。 「ん?どうして謝るんだい?」 「だって…せっかくお話してくださったのに、私ったら子供みたいに」 「女の子はそれくらいがかわいいのさ」 ヒルダは今度ははにかんだようにそっと微笑み、そそくさと華奢な椅子から立ち上がった。 「そうそう。もうすぐパーティが始まる時間です。パーディングさんも出てくださいますよね?」 「もちろんだ」 バーディングも椅子から立ち上がり、王女とその侍女と一緒に、ささやかなティーパーティの準備の整えられたもう一つの中庭へ向かった。そちらは今までおしゃべりしていた場所よりも広く、フィーデル河から引いた澄んだ水で池と小川が作られている。 三人がそこに着くまでに、何人もの客とすれ違った。今日のパーティの客はほとんどが近隣に住む貴族の子女。王女と年が近く、親しくしている友人ばかり。誰もが会釈をして道を空け、王女が通り過ぎた後には「あの人は誰かしら?」とバーディングに好奇の眼差しを向ける。バーディングが振り返り、片目をつぶって手を振り、芝居がかった仕草で宮廷風の礼の真似事をすると、彼女たちは声をあげて笑いながら去っていった。 「ヒルデガルド様」 王女を呼ぶ、一際耳に心地よい声に、前を向きなおすと。 「お招きいただき、ありがとうございます」 「アイザックさん、お会いできて嬉しいですわ」 「もったいないお言葉です。今日はまた一段と晴れやかなお声ですね。何か良いことがございましたか?」 王女の前に、一人の青年が立っていた。飾り立てない、いっそ地味といえる格好だが、しゃんと伸ばした背筋と丁寧な礼には洗練された優雅さが漂う。両目はぴたりと閉じていたが、口元には穏やかな微笑。それに自信に満ちたしゃべり方。あれがつい数日前に、まるで子供のように駄々をこねていたのと同じ人物とは到底思えない。 右手に竪琴を抱え、左手には銀色の髪の少女の手を握っている竪琴弾きの姿を、実際よりも遠くから眺めている気分で、バーディングは一人苦笑いをかみ殺した。 「良いこと?ええ、これからアイザックさんの竪琴の音色を聴けると思うと、うきうきいたします」 ヒルデガルドはようやく彼の左側にそっと寄り添う少女の存在に気づいたようだった。 「あら、あなたは?」 「はじめまして、ヒルデガルド様」 少女といってもヒルデガルド王女より二つ三つ年上の彼女は、エステルランドではあまり見かけない、けれど優雅な仕草でお辞儀をした。 「私はアストライアと申します。アイザック様の…アイザック様の竪琴の一番のファンなんです」 一瞬言葉を切ったときに、彼女はちらりと彼の横顔を見上げ、幸福そうに微笑みながらその後を続けた。ヒルデガルドは目を丸くし、すぐににっこり笑って 「では、私は二番目のファンということになりますわね」 と言った。 「では、失礼いたします。後ほど」 「ええ、楽しみにしています」 竪琴弾きと河の乙女は、少し離れたところにいたバーディングには気づかずに去っていった。 寄り添う二人を見送り、二人の姿が廊下を曲がった後、ヒルデガルドは姫君にあるまじき勢いで髪とスカートを翻してバーディングのほうを振り返った。そして、傍らで侍女が眉をひそめるのも構わず、まるで町娘のように、片目をつぶり右手の親指を立てて見せる。 バーディングもにやりと笑い、同じ仕草を返した。 |
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